令和元年度卒業証書・修了証書授与式が終了しました。今年度は、新型コロナウィルスの影響で、例年通りの式を挙げることはできませんでしたが、遊戯室で、個別や学部のグループごと少人数で行い、それぞれ短時間ですが旅立ちを祝うことができました。
そのため、校長式辞が7回となり、前任校で毎年行っていた分校を含めた4回の式辞よりも回数が多くなりました。今年度は幼稚部から専攻科まで、13名の幼児児童生徒が旅立ちを迎えました。本校生活が3年という生徒もいますが、専攻科の生徒は17年も本校で学びました(幼稚部前のひよこ教室を入れるとそれ以上になりますが)。それだけ、本校の責任は重大です。しっかりと必要な資質・能力を育成し、可能性を伸ばしてあげられたかは、これからの社会人としての生活に現れてきます。今後の活躍を祈っています。
さて、今回の式は例年と異なり、卒業生代表の言葉を一部の生徒や保護者しか聞くことができませんでした。大変良い内容でしたので、本人の承諾を得て以下に掲載します。
<旅立ちの言葉>
例年になく雪の少ない冬も終わり、温かい春が到来しました。この佳き日に、私たち13名は、本校を卒業・修了します。校長先生を始め、日々励ましてくださった先生方、ご来賓の方々、保護者の皆様のおかげで、私たちは無事今日の日を迎えることができました。今、感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございます。
私は、この山形聾学校で17年間過ごしてきました。幼稚部での思い出は、何と言っても発音の練習です。なかなか上手に言えなくて泣いていたことを覚えています。家でも繰り返し練習し、今ではスムーズにコミュニケーションできるようになりました。また、水が苦手な私に、プールの楽しさを教えていただきました。おかげで水に顔をつけられるようになりました。とても感謝しています。
中学部に入って、私は陸上部に入部しました。最初は短距離走を選びましたが、なかなか記録が伸びず、先生と相談し長距離走に変更しました。しかし、長距離走は、やはり苦しく途中で嫌になり、やめたいと思ったことが何度もありました。でも、そこで諦めたら心が弱いと思われる、そう思われたくなかったので陸上部を続けました。その時に私を支えてくれたのが「継続は力なり」という言葉です。私は、くじけそうになった時に、その言葉を思い出してやり遂げるようにしています。
特に心に残っている行事は、やはり運動会です。幼稚部から専攻科までみんなが力を合わせて競技をすることで、絆が深まります。勝った時は、みんなで喜んでハイタッチをしたり、負けた時は、「次こそ勝つぞ!」と励まし合い、仲間の競技を全力で応援したりしたことは、忘れられません。家族や仲間と一緒に食べるお弁当の味も格別です。勝っても負けても、私にとってはとても楽しい思い出でした。
また、毎日の登下校では、友達や後輩と話をすることがとても楽しかったです。「おはよう。」の挨拶から始まり、「また明日ね。」とさよならすることがもう無くなるのだと思うと本当に寂しくなります。休み時間には、くだらない話をして笑い合ったり悩みを相談したりしました。けんかをしたこともありましたが、その分仲が深まったと思っています。かけがえのない友達ができました。
専攻科になって就職について悩みました。初めは、公務員を目指していましたが、自分のしたい仕事と少し違うと思うようになりました。私は、人と関わることが好きなので、直接関わりながら、その人の役に立つ仕事がしたいと思うようになりました。そして介護の仕事に決めることができました。
本校には、明るい先生、ファイトのある先生、ユニークな先生など個性的な先生方がたくさんいらっしゃいます。そんな先生方に指導していただいたことも、楽しい思い出です。私は、四月から就職します。新しい環境なので不安はありますが、学校生活で学んだことを忘れずに、その一歩を踏み出していきます。
結びとなりますが、山形聾学校のますますのご発展をお祈りして旅立ちの言葉といたします。
頑張ろう、みんな! 頑張ろう、日本!コロナウィルスなんかに負けないぞ!
令和2年3月18日
山形県立山形聾学校 校長 大原良紀